地方創生事業で地方公務員が感じる仕事の「達成感」は危険?

みなさん、こんにちは。

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地方創生事業の担当者の方は,住民のために,地域活性化のために事業を行いたいと考えていることでしょう。
実際に,地方創生関係のイベントを企画して,活況で終わり,達成感を得ている担当者の方もいるかもしれません。
しかし,住民の税金で事業を行う身としては,個人的な成功体験,「やった感」に対しては,冷静に接しなければならないと思います。
その成功した地方創生のイベントは,わざわざ自治体の財源を投入してまで行う必要が本当にあったのでしょうか。
仮に有意義なイベントであったなら,地方創生関係の交付金がなくなり,自治体が開催できなくなったとしても民間企業や市民によって自発的に開催されるほど,有意義な取組なのでしょうか。

大概の場合,地方創生関係の交付金を使って行った事業は,地方創生交付金が無くなれば,なくなってしまうでしょう。

その理由は事業が自らお金を稼いで回していく仕組みを作れず,地方創成交付金というお金をあてにしないと事業としてまわしていくことができないからです。
水車に水が注がれなければ回らなくなりますが,お金を水,あるイベントを水車と例えれば,地方創生交付金という水路から引いてきた水だけが水車を回しており,「民間企業」川や「市民」川からの水はまったく流れてきていなかったということです。

お金の切れ目が縁の切れ目と言いますが,お金の切れ目が事業の切れ目となります。

例えば,地方創成交付金を使って,地域の活性化のために商業施設で特産品のマルシェでも開く事業があったとしましょう。
特産品を販売する事業者からも好評,地元住民からも好評であり,役所から見れば優良事業です。
しかし,地方創生関連の交付金が途切れてしまった場合,この事業はよっぽど収益があがっていなければ,次の年度から実施は難しくなるでしょう。

というのは,このような事業を実施にかかる費用が,全て地方創生事業のお金でまかなわれているからです。
おそらく,企画,会場の借り上げ,広報などを一括していわゆる地方創生コンサルタントに委託するかたちで,このイベントは実施されているでしょう。

参加する事業者にとっては,タダで販売機会が増えるため,不満があるはずはありません。
市民も楽しいイベントが増えて文句はないはずです。また,このイベントにどれだけの税金が投入されているかなどと会場で考える家族連れなどはまずいないでしょう。
場合によっては,自治体が開催したイベントだということがまったく見えない,見えにくいイベントもあるかもしれません。

こういったイベントが,地域で開催されることはうれしいですか,と住民に聞いた場合,反対する人はだれもいないのではないでしょうか。
一方で,これは地方創生交付金という国からのお金を使っていますが,自治体の予算からも○○円支出してまで実施していますと聞いたら,話は変わってくるでしょう。

地方創生の事業担当者の方に考えて欲しいことは,その地方創生事業が,やった方がいいか,やらない方がいいかという,ことではなくて,自治体の予算を投入してまでやる必要があり,効果があるかということです。

そのイベントが住民に喜ばれそうか,地域の役に立ちそうかということだけを考えてしまうと,何もイベントが行われないゼロよりも何かイベントを行ったほうがいいような気になるかもしれません。「やってみてもいいのではないか」と考えて事業を企画し,その結果イベント自体はある程度活況で終わると,地域活性化のためになにかした気持ちになってしまいます。しかし,それを続けていくことができないのであれば,その打ち上げ花火のような事業に何の意味があったのでしょうか。住民の思い出作りに税金を使うほど,どの自治体も財政状況に余裕はないと思います。

担当が感じるイベントの達成感というのはこうした判断を曇らせてしまう可能性があります。
そんなはずはないと思われるかもしれませんが,担当者も人である以上,このなんとなくの達成感の影響力は過小評価されるべきではないのではと思います。

 

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それでは、スーパー公務員によろしく!